有吉弘行の実家と家族エピソード!弟から見た兄の姿とは?

            

有吉弘行今やテレビで見ない日は無いくらい大活躍している、有吉弘行さん。

本当に少し前までは、消えた一発屋というさえない芸人だったのですが、一体どんな軌跡を辿って華麗なる復活を遂げたのでしょうか?

その実家や家族のエピソードと、のインタビューから、有吉弘行さんに迫ります!

 

 

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有吉弘行のプロフィール

有吉弘行さんのプロフィールはこちら。

生年月日 1974年5月31日
出身地 広島県熊野町
血液型 A型
身長 172cm

代表出演番組
有吉AKB共和国
マツコ&有吉の怒り新党
有吉ジャポン
ロンドンハーツ
有吉反省会
有吉ゼミ

幼少期のエピソード

有吉弘行1

有吉弘行さんは広島県の熊野町という、
筆づくりが有名な町で生まれます。

母親は働き者で普通の方だったようですが、
父親はかなりの変わり者でした。

 

自分は野良猫たちのボスだ!」と豪語したり、
大量のカブトムシを保有したりと謎多き人物だったとか。

実は有吉弘行さんは下の名前を「ひろいき」と読むのですが、
これは父親が役所に登録を出す際に酔っ払っていたための
誤字だったとか(笑)

そんな父親の「折り紙を覚えて何になるのか?」という
方針により幼稚園などには通わず、
家で怪獣図鑑を読みふけるという幼少期を過ごします。

 

その後小学校に上がっても、性格は素直で内気
とてもお笑い芸人を目指すようなタイプではなかったとか。

しかし小学校3年生の時に、ただ面白いというだけで
モテるクラスメイトを羨ましく思い、お笑いを意識することに。

 

当時は「ドリフ」や「ひょうきん族」などの人気番組が
放映されていた時代。

有吉弘行さんも例にもれずそれらの番組を熱心に見ていたようです。

中学・高校・デビュー

中学の時には「ダウンタウン」や「オール阪神・巨人」の漫才を録画し、
暗記してクラスで披露するように。

当時は「友達の親のモノマネ」など、
かなりきわどいネタの選定で、
ギリギリのところで笑いを取るという
現在につながるようなスタイルだったようです。

 

そして高校生の時にもお笑いへの熱が続き、
高校三年生の時にテレビでオール巨人さんの、
公開弟子オーディションの開催を知るとすぐに応募。

このオーディションに合格することになりますが、
その後、兄弟弟子とのケンカにより、謹慎を言い渡されます

8ヶ月間の弟子生活であり、この後に正式に破門されるので、
実質的には師匠がいないということになります。

 

その後、20歳の時に小学生からの同級生であった、
森脇和成さんと猿岩石を結成。

この頃は生活が厳しく、東京ドーム周辺で野宿をするような毎日

実はそのことが、「進め!電波少年」のプロデューサーの耳に入り、
後のヒッチハイク旅の企画に抜擢されることになります。

ブレイクからの転落、そして再起

有吉弘行2

そして、22歳の時に出演したこのヒッチハイク旅企画が大ヒット
CDや本が売れまくれ、社会現象にもなりました。

当時の最高月収は2,000万円
しかし有吉弘行さんは、「いずれブームは終わる」ということを意識しており、
極力生活費を抑えて、そのほとんどを貯蓄に回していました

貯金は一時7,000万円までになりましたが、税金等の差し引きで、
4,000万円にまで減少

 

その後は有吉弘行さんの予想通り、仕事が激減
不遇の時代を過ごすことになります。

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性転換をしてオネエキャラで売りだそうとしたり、
漫画家を本気で目指したりと、迷走を重ねます。

人から気づかれることを恐れ、アルバイトすることも
出来なかったようです。

さらに30歳の時に、方向性の違いにより猿岩石は解散
ピン芸人としての活動をスタート。

この頃には4,000万円あった貯金は100万円ほどになり、
もう後がない状況でした。

 

しかし、この時期に有吉弘行さんを救った番組があります。

それが内村光良さんの「内村プロデュース(内P)」。
当時は裸でリアクション芸を披露するということに徹し
男性層からの厚い支持を獲得。

この頃から月収も安定し始め、仕事が増えていきました。

おしゃべりクソ野郎

有吉弘行4

33歳の時に出演した「アメトーク」で品川祐さんに
おしゃべりクソ野郎」というアダ名をつけて大爆笑を勝ち取ります。

この「アダ名付け」が好評を博し、
和田アキ子さんへの「リズム&暴力」、
ベッキーさんへの「元気の押し売り」などは、
ネット上でもかなり話題になりました。

→ベッキーが番組で激怒?

この時期をさかいにして再びブレイク!

 

その毒舌ながら的確な言動や、
思い切りの良い意見が視聴者に広く受け入れられ、
現在は多数のレギュラー番組を抱える存在になりました。

ツイッターのフォロワー数も
日本人としては第1位に輝くなど快進撃を続けています。

 

一節には3億円とも言われるような年収ながら、
家賃15万円のマンションに住み続けていました。

最近になって、家賃50万円の家に引っ越しをしたようなのですが、
芸人なんてずっと続けられる仕事じゃない」として、
売れてもあと3年くらいからな」とかなり堅実な認識。

猿岩石ブームの時と同様で、
いつどうなっても大丈夫なように備えているみたいです。

弟との関係

有吉弘行5

有吉弘行さんには4歳年下の弟がいます。

幼少期には頭も腕力も兄にはかなわなかったために、
王様と奴隷のような主従関係があったようです。

 

唾液をいっぱいに含ませたティッシュを投げつけたり
足をくすぐられるのが好きなため、弟にいつも足をくすぐらせていたとか。

しかも最後の5分は「ラッシュ」といって、
素早くくすぐらなければならなかったとか。

まるで意味がわかりません(笑)

 

さらには、小学校6年生の時には弟に対して、
愛想の振りまき方講座」というものが行われたそうです。

当時から、「どのように立ちまわるのか」ということを
強く意識して過ごしていたことが分かります。

話を聞く限り弟さんとの関係は良好のようですね(^^)

 

今は大人気で引っ張りだこの有吉弘行さんですが、
自分の現状を一番良く把握し、
しっかりと先を見据えているのは、
他ならぬ有吉弘行さん本人なのかもしれません。

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