福山雅治の兄は自衛官!彼女は一般人で名古屋か長崎に在住?

            

福山雅治ミュージシャンや俳優としてマルチな活躍している福山雅治さん。

お兄さんが自衛官だったことをご存知でしょうか?

実は福山雅治さん、家族というものに対して複雑な思いがあるようです。

そして彼女が一般人で名古屋か長崎に在住しているとの話なのですが…。

 

 

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福山雅治のプロフィール

福山雅治さんのプロフィールはこちら。

生年月日 1969年2月6日
出身地 長崎県長崎市
血液型 O型
身長 180cm

代表作
ひとつ屋根の下
いつかまた逢える
めぐり逢い
美女か野獣
ガリレオ
龍馬伝
容疑者Xの献身
真夏の方程式
そして父になる

福山雅治さんは兄の影響で、
中学1年生の頃からギターを始めます

 

何でも兄から、

 

「吹奏楽部に入ってくれたら、
新しく増築される部屋をあげるから」

 

と言われたことが音楽自体を始めるきっかけに
なったそうです。

中学2年生の時には友人とバンドを組み、
中学卒業式の前日には体育館で初ライブを行いました。

ちなみにその時のバンド名は「不死鳥(フェニックス)」でした。

また、このバンドとは別に、
兄と「Lar」というバンドも組んでいたとか。

兄がドラム、福山雅治さんがギター担当でした。

 

高校卒業後は、市内の電機メーカーであった、
システック井上」という会社の営業職として勤務

しかし、5ヶ月後には会社を辞めて、
ミュージシャンになるために上京します。

宅配ピザ屋のバイトを始めますが、
長崎訛りが受け入れられず、なんとクビに…。

その後、運送会社でバイトしますが、
そちらは給料未払いなどもあり、辞めることに。

最終的に横田基地の近くの材木屋でのバイトに落ち着きます。

そんな折、たまたま見ていたテレビ番組で

アミューズ・10ムービーズオーディション

の存在を知り、俳優志望ではなかったものの
なんとなく応募し、合格

 

1988年に映画「ほんの5g」で俳優デビューします。

そして同年の8月には新宿で上京後の初ライブを開催するも、
観客は一人もいませんでした

俳優としては映画デビュー出来たものの、
ミュージシャンとしては全くの0からのスタートでした。

 

1990年にはシングル「追憶の雨の中」で歌手デビュー。

その1年後の1991年には、「あしたがあるから」でドラマデビュー。

福山雅治さんはこの頃、
ミュージシャンとして活動していくことを望んでおり、
このオファーを当初は断ったようです。

しかしながら、
尊敬するARBというバンドの石橋凌さんや、
山田辰夫さんが出演することを知り、
オファーを受けたとのこと。

 

そして1992年にはドラマ「愛はどうだ」でレギュラー出演し、
ドラマの挿入歌となった「Good night」がスマッシュヒット。

この頃から、徐々に存在を認知され、
同年に「福山雅治のオールナイトニッポン」がスタート。

 

そして1993年、ドラマ「ひとつ屋根の下」に出演。
このドラマは平均視聴率28.4%、最高視聴率37.8%という大ヒットドラマ。

これに出演したことにより、
福山雅治さんの存在が一気に知れ渡ることになり、
歌手としてもアルバム「Calling」がオリコン1位を獲得するなど、
大ブレイクをすることに。

1994年には
シングル「IT’S ONLY LOVE/SORRY BABY」がミリオンセラーを達成

1995年には
シングル「HELLO」とアルバム「M-COLLECTION 風をさがしてる」もミリオン達成

そして、俳優としてはドラマ「いつかまた逢える」で初主演。

 

1997年にはドラマ「ひとつ屋根の下2」で再び人気を博すと、
2000年に発表したシングル「桜坂」がダブルミリオン達成

2003年にはドラマ「美女か野獣」に出演。
2007年には代表作の一つであるドラマ「ガリレオ」に出演。

個性的な准教授の役柄を好演し、「実に興味深い」などの
印象的なセリフもちょっとした流行語となりました。

ミステリー作家の東野圭吾さんの原作ということもあり、
ドラマ自体も大ヒット。

2008年にガリレオの映画版である「容疑者Xの献身」で映画初主演。

ミュージシャンとしての成功が目立ち、
意外にもこの作品が映画初主演作品でした。

2010年にはNHK大河ドラマ「龍馬伝」で主演。
2013年にはドラマ「ガリレオ」、映画版「真夏の方程式」に出演。

同年公開の映画「そして父になる」では、
カンヌ国際映画祭にて審査員賞を受賞しています。

自衛官の兄、家族への複雑な想い

福山雅治1

デビューしてから、役者としてもミュージシャンとしても、
順風満帆に見える福山雅治さんですが、
幼少期には決して恵まれているとはいえない状況だったようです。

父親は博打好きでほとんど家にも帰らずに、
家計を支えたのはパート勤めの母親

月の収入は20万円に届かず、
経済的にはかなりカツカツでした。

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そのため福山雅治さんは小学生5年生の頃から、
新聞配達をして家計を支えていたようです。

そんな父親は17歳の時に他界。

葬儀にやってきたのは父親の麻雀仲間で、
小指の無い父の友人が泣いている光景
複雑な心境で見ていたようです。

 

「こういう家族はいいな、という実例はそばにはなかった」
「家族のことは好きじゃなかったですよ」

 

とインタビューなどで答えている福山雅治さん。

上京したのはミュージシャンになるためという思いも
もちろんありましたが、

社会人なのに帰宅が遅くなったり家に女の子が来るだけで
色々聞かれたり怒られたりする生活が窮屈で仕方なかったとも
言われています。

そして、

「結婚が遅いのは、おそらく自分の中に“家族”というものに対して、いい印象がなかったからでしょうね」

 

とも語り、家族に対しては複雑な想いが未だにあるみたいです。

ちなみに福山雅治さんを音楽への道へ引き込んだお兄さんは、
現在、北海道で自衛官をしているそうです。

既に結婚もされ、お子さんも3人いるんだとか。

 

ちなみに幼少時代には、
兄との待遇の差がすごかったと言っており、

「俺は次男の味方だよ。日本全国次男連盟、通称『全次連』の会長だもん!」

 

とラジオで語っており、
次男に対する思い入れも非常に強いようです。

この発言に多くの次男リスナーが賛同し、
ちょっとした盛り上がりも見せていました(笑)

やはり一番最初に生まれた子どもに対して
愛着が強くなってしまうのは、
兄弟あるあるなのでしょうか?

彼女は一般人で長崎か名古屋に在住?

福山雅治2

高校時代には「すれ違うだけで妊娠する
という噂も流れたほどモテモテだった福山雅治さん。

芸能人での好感度ランキングでは1位の常連であり、
業界内でもモテモテです。

しかし、それだけの注目度と長い活動経歴がありながら、
福山雅治さんにはスキャンダルらしいスキャンダルが
ほとんどありません。

これまでに熱愛が噂されたのは、

内田有紀さん
柴咲コウさん
白石美帆さん
小西真奈美さん
吹石一恵さん

しかし、これらの方々はほとんどがドラマの共演者で、
唯一フライデーされた吹石一恵さんも、
ツーショット写真等ではなく、
でっち上げ記事の疑惑をネット上で指摘されるほど。
→フライデーが福山雅治の記事でやらせ?

 

何でも福山雅治さんはメディアに対する警戒能力が
半端じゃ無いらしく、自宅が突き止められると、
すぐに引っ越すという徹底ぶり。

さらには自宅を2~3所有しているとの話もあり、
なかなかスクープを上げるのが難しいようです。

そのため、彼女は実は地方にいるのではないかと言われ、
女性との目撃情報のあった名古屋と長崎が、
その有力地とされています

そのため、福山雅治さんが公表しない限り、
彼女の存在を明らかにするのは難しいのではないでしょうか?

 

前述のエピソードでは、
家族に対する複雑な想いをのぞかせていた福山雅治さん。

福山雅治さん自身には幸せな結婚を経て、
理想の家庭を築いてもらいたいものです。

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